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取材15日目 3月18日(土) さあ、いよいよフェアバンクスに帰ろう
14日の20:00時ころから始まったオールナイト・オーロラショーは夜明けが始まっても終わろうとしなかった。
激しい盛り上がりを見せた夜は決まってショーが長い。
そしてうまくいけば2~3日続くことも多い。

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天気も崩れそうもないし、引き続きオーロラが活発な可能性があるので、本来ならもうひと晩ここにいたいところだ。

しかし、さすがに何かと限界である。
決定的に、もう一夜を明かしてからフェアバンクスに戻るためのガソリン代が・・・現金がない。

再び給油、あふれるまでガソリンを入れ、20ドル残った。
「ラーメン一杯で一晩中頑張ったのだ。よし!ごほうびをあげよう。」

これでColdfootのレストラン(といえば聞こえがいいが給油所)で初めて食事をすることにした。

Coldfoot-Restaurant.jpg
          13ドルのLimb steak sandwich 久々のリッチな食事である

空腹で目が回るほどであったが、それにしても「美味い」からはかけ離れている。
持参の醤油を使い、なんとかごまかしながら飲み込んだが半分食べたところでいやになる。
実は多分そんなことだろうと、以前からここで食べようとしなかったのだ。

アラスカやユーコンでは飲食店を利用することはほとんどなくなった。
フェアバンクスなどデフレを知らないこれらの地では、物価が高く、日本人の口に合うものに出会ったことがない。

自分で食材を買って、寒空の下であっても自分で作った方が楽しいし、満足できる。

しばらく肉は見たくない・・・という気分になった。

早く日本の食事がしたい・・・
さあ、フェアバンクスに向かおう!と思ったが、夕べは貫徹、それに腹も満足、
これでダルトンハイウェイを飛ばすのはかなり危険である。

少し休んでからスタートすることにしよう。

帰れると思うと無性にうれしくなるものだ。
日本はどうなっているだろうか・・・?

道中、始め地吹雪などにも襲われるが、だんだん走りやすくなる。

20060413123815.jpg
   大河・ユーコン川を渡る。西を見る。大変豊かな流れにも関わらず表面は完全に氷結している。

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  橋の上は駐停車禁止なので運転しながら撮影する。東を見る。

20060413140746.jpg
   フェアバンクスまであと2時間くらいと言ったところか。

パンクだけはしないように気をつけながら、しかしながら快調に飛ばす。

辺りが暗くなる頃にはフェアバンクスに到着。

ここに来てやっとトラベラーズチェックが使える。
真っ先にインターネットカフェに入り、マイPowerBookを接続し、大量の処理をする。
メールが数百!!(迷惑メールが半分以上)受信するだけでしばらくかかった。

日本の状況を確認してから、外へ出る。

今夜もオーロラが舞うはずだ・・・・やはり、街中でもはっきりわかるほどの活発さである。
しかし、この街には絵になるような景色が見つけられない。

Fairbanks.jpg


シャッターチャンスは今夜もうひと晩あるので、フェアバンクスから1時間半のチェナホットスプリングスで最後の夜を過ごすことにした。

100本以上持参したフィルムはすべて使いきった。今夜はデジタルカメラのみの出番である。
チェナへ向かう途中、それは見事な壮大なアーチをつくっている。

写真を撮ろうと思ったが場所が見つからず、中途半端な写真を撮っても意味がないと思い、懸命に撮影ポイントを探した。
と言っても、この道は何度も往復した道で、撮影できるところが温泉リゾート近くまでないのを知ってはいた。

そしていつもの場所へ・・・



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取材14日目 3月17日(金)根性でラーメンを作る!
「きっとこんな時期にはここに来ることはないな」

そう思いながら、朝が明ける前からブルックスの山々に別れを告げた。

AtigunPass.jpg


もう帰れると思うと帰り道は軽やかである。

先ずはColdfootまで走り給油する。

低血糖でフラフラ、運転も怪しげ?な感じになってきた。
日本で回転寿司が食えるまであと何日か考えた。・・・まだまだ先は長い。

・・・考えた。

使えなくなった調理用ストーブだが、機能しないポンプの代わりに、
カメラのほこりを飛ばすためのブロワーで空気を入れながら燃焼出来ないものか!
・・・
2時間ほどあれこれとMSR(調理用ストーブ)と格闘、なんとか着火するが、
ブロワーのゴム球で絶え間なく空気を入れなくてはすぐに消えてしまうのだ。
火力といえば、風前の灯。5秒も休むとあっけなく消えてしまう。

外気温は昼間にも関わらず測定不能!(マイナス40℃以下!)である。
もはや沸騰させるのは無理だが、なんとか食えるラーメンを作るぞ!と、
気力でゴム球を押し続けた。
・・・・・・
そしてついに何とか食えるラーメンが出来たのである!

久々に湯気を見、久々に暖かいものを胃袋に収めた。感激である。

と、血糖値が上がったせいか、急に元気が出る。
フェアバンクスには戻らず、もうひと晩ブルックスで撮影しよう!

月がなくて辺りが暗くなる。寒くてまた弱気になってきた。

車を停める時は、必ず一番オーロラが出やすい方向が見えるように構えるのだが、
ずいぶん早い時間からオーロラが見えてきた!

「おおっ、やはりフェアバンクスに戻らなくて良かったかな?」

慌てて防寒体勢を整え、気持ちを高め気合いを入れる。

このオーロラがブルックス最後の夜にふさわしい「オールナイトショー」の始まりだった。

Mar.17start.jpg


山の向こうがほんのり赤くなっていた。
始めは月が山の裏側に隠れているのかな?と思ったが、だんだんそうではないことがわかった。
やがて同じ方向から大蛇のような動きで、芋づる式にオーロラが湧き上がる。

Coldfoot.jpg


全天のあちらこちらで別々のオーロラが乱舞。
驚異的なダイナミックさ。

その凄さは文章では表現できない。
このような「超高速発光現象」を体験した人にしか理解できないほどだが、
写真に上手く写せるような代物ではない。

冷静に写真におさまりそうな方角にレンズを向ける。
そして滅多に見られない「スペシャルショー」は脳裏にはしっかりと焼き付ける。

この光景の中で私は感じた。

オーロラの科学を知らない昔の人で、この空の下で恐怖を感じない人はいないだろうと。

私はかなり高揚していたが、・・・・・・・・始めは耳を疑った。
「あれ?」
と思い、よ~く耳を澄ましてみる。

Coldfoot2.jpg


なんと! オオカミの遠吠えである。しかも、何度も何度も繰り返している。
オオカミも高揚しているのだ!
それは、まるで強いオーロラに合わせてほえているようだった。
距離はおそらく300メートルはあったように思う。

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取材13日目 3月16日(木)珍客!? 遊びに来る。
さて、いよいよブルックスともお別れ、フェアバンクスに向かおうかと思い、あらためてフライトの日程表を調べると、
なんと帰る日を1日間違っていた。帰りの便は日曜日の未明かと思ったが月曜日だった。
1日遅いのである。がく然とした。
もう食べ物も、気力も、集中力もない。心身共にすでに限界を越えている。
あるのは出番を失ったパスタの食材や、大量の水である。

たった1日遅くなっただけだが、かなりショックだった。

ふとフロントガラスに広がる白い世界に黒い物体が目に入った!
そしてその物体はこちらに向かって来るのだ!
「なんだ、こりゃ!」

突然得体のしれない来客にけっこう焦ってしまった。
ところがどうも歩き方が滑稽なのだ。
一生懸命に歩いて(走って)いるのだが、いちいちズリッと滑りながらバランスを崩しながら(ずっこけながら)向かってくる。

20060410140730.jpg


私は予備燃料を車外に置いているのだが、その容器をガリガリとやったり、立ち上がってタイヤを観察?したり、好奇心旺盛のようである。
私が「何してるの??」と声をかけてみても、まったく聞こえないふりをする。
顔をのぞき込もうとするとあっちを向くのである。恥ずかしがり屋のようでもある。
なかなか面白いヤツと思い、しばらく遊んであげたのだが、そのうちおいしいものにありつけないとわかると私の元を去ってしまった。

誰か、この動物の名前をわかる人がいたらぜひ教えて欲しい。

メイプルファンツアーズの大平さんのご協力で、カナディアンロッキーバンフ在住のハイキングガイドの有松さんから情報いただきました。
また、その他複数の方からも情報いただきました。参考になりました、ありがとうございました。

Porcupine(ポォーキュパイン)-ヤマアラシ(山荒)/アメリカヤマアラシ科の草食性の齧歯類です。
ロッキーに生息するものと同じ動物です。バンフ近くでもたまに目にしますよ。

夜行性で通常昼間はあまりお目にかかれません。木の実、穀物、草などの植物を食べます。
写真のように群れを作らず単独行動です。

体のトゲは天敵から身を守るためだけでなく、攻撃するためのトゲでもあるそうです。
天敵の狼などに出会うと、後足を踏み鳴らして背中のトゲを逆立てて後方に突進します。

このトゲは見た目と違って大変硬いそうです。大体3万本ぐらい生えているようです。
バンフ地元では絶対触らないよう注意しています。このトゲ刺さると抜けないそうです。

画像写真ですがバンフ近くでもよく目にする光景です。
ヤマアラシは塩分を求めて、木から下りてきます。
冬場、道路凍結を避けるため道路に沢山の塩を撒きます。
その塩がタイヤや車体下に付くので、車の下にもぐってよくかじります。
ブレーキラインをよくかじられてることがあるので、車の近くで見つけたら注意が必要です。
 

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この場所は四方を山に囲まれているところに陣取っているために、いつ日が落ちたかわからない。
というか、ここにいると太陽を見る時間が数時間程度である。

ゆっくり、ゆっくりと辺りが暗くなってきたが、いつもと雰囲気が違う。
月がまだ昇っていないので星がすごい。光害皆無、快晴の完璧な空である。

日本中どこを探してもこんな完璧な空はないはずである。自分はすごい所に来ているのだ。

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         f4.0の暗い光学でこれだけ写っている。月が顔を出すまでは完璧な星空を楽しめる。

月が昇っても、高度があまり高くならないうちはシャッターチャンスである。
寒さも空腹も最高潮だが、ここまで来て頑張らないわけにもいかない。

が、昨夜の元気なオーロラは今夜は静まり返っている。

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ブルックス最後の夜は穏やかで静かだった。やるだけの事はやった・・・かな?

さあ、朝が来たらもうフェアバンクスに向かおう!

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取材12日目 3月15日(水) 再び活発なオーロラが!
さあ、ブルックス滞在も佳境である。終わりが見えてくると少し元気が出る。

日中は積極的にカリブーのシャッターチャンスを求めて、ブルックス山脈の北斜面である広大なNorth Slopeを200kmほど走る。

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燃料が少なくなってきたところで遥か南へ峠を越え、Colfootへ給油に向かう。

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車のガソリンを入れに行くのに3時間、200kmも走る。
アメリカでもっとも値段の高いガソリンを給油口からあふれるまでしっかり満タン、それに予備タンクに100リッター積み込む。

車を満腹にさせると、すぐまたもとの場所に戻るという、結局こんな効率の悪いことを5回も繰り返した。
今回の取材での燃料代は500ドル(6万円程)を超えるのではないだろうか。

再び北へ向い、1463mのブルックスの峠を越えて、今夜の撮影の手順を考える。
時間の経過によって移動する月を巧みに考慮しなくてはならない。
高度はやや低くなって来たとは言え、まだ満月を過ぎたばかりである。
この明る過ぎる月をどう使うか、どの場所の、どの光景に組み入れるかを数十キロ走りながらあれこれと考えるのである。

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そのうちにまたすっかり山脈を降りて、北の方まで出てしまった。
南を振り返るとオリオンが峰々と良い構図をつくっている。
しばし夢中になる。

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強烈に寒いが、しばらく本業の夜の撮影をさぼっているので、今夜はやるぞ!という気持ちになっている。

カメラのバッテリーはこれほどの寒冷地にたいしては万全な容易ではなかった。
フル充電で撮影開始しても数分で息絶える。
そして車で暖めてある次のバッテリーに替える。
これを何度も繰り返し、なんとか乗り切っている。

まだ20:00ころだが、オリオンに夢中になっている間に残照の空にオーロラが出てきた。

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「あ~、今夜は忙しくなりそうだ」

オリオンを切り上げ、山に向かい、再びお気に入りの場所に陣取る。
そこは絵になる山並みがあるのだ。

ただこの場所は、方角的になかなかオーロラとランデブーしてくれない。
普通のオーロラには現れやすいパターンがあり、そのオーロラ多発方向にいいオブジェを組み込むのが私の撮影パターンである。
だがこの気に入った山並みを狙うにはオーロラと反対方向になりやすい。
決まって気に入った景色とオーロラは一緒になってくれないものである。

案の定、この夜は大変アクティブでダイナミックなオーロラショーとなった。

うっとりするようなカラフルな光の線が次から次と展開する。
肉眼で見るのはいいのだが、写真に収めるには非常に動きが速く、
いくら月明かりのもと露出時間が短くても絵にならないほど動いてしまうだろう。
残念だが仕方がない。

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取材11日目 3月14日(火)あ~、やってしまった!
夕べは撮影をさぼってしまったので、今日は精力的に頑張ろう!と、気合いを入れた。

しかし食糧事情は座礁に乗り上げたままだ。
食事用のストーブを期待を込めて何度もばらしてみるが、まったく元に戻る気配がない。
もうあきらめよう。

そして相変わらず「さとうのごはん」を車のヒーターの吹き出し口にガムテープで貼り付け1~2時間暖める。
それに唯一のおかず桃屋の「うめ好み」でいただくのだが、3日目ともなるとさすがに飽きてきた。

一日一回食べればある意味満足出来る。

少し痩せるかな・・・?

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                   再びブルックス山脈の北側のスロープで「獲物」を探す。

地吹雪が多いこの地域は、雪原その物がアートであった。
しばし夢中になる。

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カリブーはこの地域ではいたる所で見られるが、臆病であるため簡単には近づく事は難しい。

絵になるような光景を求めて、数十キロも運転しながらきょろきょろとカリブーを探す。

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獲物を探しながら怪しい運転をしているのは、日中時折出くわす大きなトレーラーに迷惑をかける。

ふと気がつくと後方からトレーラーが近づいてきた。
私はゆっくり走りたいので道を譲ってあげようと、私は車を右端の方に寄せた。
と、その瞬間車が傾いた!!
その路肩は実は小石が飛び散っていて、あたかも堅い路面に見えたのだ。

4WDもこの状態からは建て直すことは出来なかった。
操舵を逸したままアクセルを踏み込んでハンドルを回したが、路外で動けなくなってしまった。

「しまった~~  ・・・・・・でもすぐにトレーラーが追いついてくるな」

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私は車から降りて、やがて止まってくれたトレーラーに歩み寄り助けを求めた。

「Do you have a rope ?」
と私が聞いてるうちから、そのまじめそうなドライバーはグローブはめている。
チェーンをとり出し、手慣れた感じである。

このハイウェイでは日常茶飯事なのだろう。いたる所で車が路外へ突っ込んだ跡が見られるのだ。

・・・大型トレーラーに引っ張られるのはすごい迫力!
とは言え、簡単には脱出出来なかったが、なんとか脱出する。(リアバンパー破損!)
救われた~
ありがとうと、30ドルを渡そうとするが受け取ってくれない。

この僻地では皆、「困った時はお互い様」の精神を持っているのだ。
ドライバー同士、すれ違う時は皆挨拶をするので、自然と仲間意識を持ってしまう。

さて、気を取り直して獲物を探す。

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     どこを走っていいのか?道を外すとまた面倒なことになる。車外で仕事をするのは日夜を問わず過酷である。

とにかく今回の取材は毎日晴れている。
私にとっては初めてのことであり、快挙である。
そしてこれほど寒い経験も初めてであり、そしてもう2度と経験することはないだろう。

3月中旬、日本では今頃春らしくなっているのだろうか?
と、暖かくて活気あふれる日本を想像すると何とも言えない気持ちにさせられる。

日中でも気温はほとんど上がっていないよう。
常に風があるので体感温度はマイナス40~50℃程度ではなかろうか?

それにしても、カリブーたちはまったく寒そうにしていない。

いったい彼らの体はどんな仕組みになっているのだろうか?

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この夜は満月。

夜になっても辺りは明るいが、地吹雪で空はフォギー。

風が治まらない限り外には出れない、もうお手上げである。

完全に戦意喪失。
というか、そろそろ心身共に限界である。

私は人間、無理なものは無理・・・いつの間にか弱気になった自分を正当化する別の自分がいる。

星は辛うじてひとつしか見えない程度。

「今夜は晴れずに、オーロラも出ないでくれ」

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取材10日目 3月13日(月)思いがけず、北極海へ向かうことに!
さて今日は燃料を補給しなくてはならないが、いつもよりかなり北方へ来ている。
いつものColdfootまでは相当遠くなっていて、峠を越えて3時間くらいかかるだろう。

それにしてもガソリンを入れるために3時間走るというのは、慣れはしたが非常に効率の悪い話である。
しかも、おそらくアメリカでもっとも高いガソリンである。

・・・とあれこれ考えている時にひらめいた。確か別な給油ポイントがあったはずだ。
ダルトンハイウェイの終着、北極海のDeadhorseである。
(厳密には数キロ先に石油基地であるPrudhoe Bayが北極海に面している。ただし一般車両は入れないらしい)
給油のために北へ行くも、南へ行くも距離的には同じくらいのようだった。

しかしこの厳冬期に北極海まで進むのはかなり勇気が必用だった。しかも車の調子に不安があり、
自分にとっては未知の道である。

地図とにらめっこをして悩んだ末に、もしかしたら食料が調達出来るかも知れないことと、
一度北緯70度へ行ってみたいという気持ちが優位になった。

ブルックス山脈を北方へ抜けてしまうと、森林どころか、背の高い木を見ることが出来ない。

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どこまで進んでも、どこを見渡しても何もない大雪原、と言うか大海原と言った感じである。
海のような広大な世界に一本道があり、先へ進んでもほとんど景色が変らない。
変るといえば天候や風だが、道中、非常に強い風が吹きっぱなしである。 風を遮るものが何もないのだ。

場所によって車が横転しそうなくらいの強風が吹き、極度の緊張を強いられる。
また地吹雪で道が見えなくなる状態も多く、サイドに立てられたポールのみで運転を続けなくてはならないのだ。

途中、強風が怖くなって車を停めた。やはり引き返した方がいいかな?と考え直した。
が、考えてみればすでに戻る燃料も無くなっている。
もう、何が何でもDeadhorseで給油しなければならないのだ。

ところでこの季節にガソリンスタンドはオープンしているのだろうか・・・?
だんだん心細くなる。

・・・無事にフェアバンクスまで戻れたら、その時はうれしいだろうな~

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   この状態はまだかなり良い方である。車外に出て写真を撮っているのだから・・・ジッツオの三脚を車外に持ち出した瞬間、空を飛んだ!自分も車につかまっていないと飛ばされそうになる、そして元に戻れないようなくらい強風が吹き続けている。

地吹雪地帯を2時間ほど走り、そのあとは景色が見えてきた。
そして北緯70度にして、久々に町らしい町を見た。Deadhorseである。
昔、この地に馬でたどり着いたが、この地で息絶えたのであろう。
まさに最果ての地である。
が、意外にもこの町は大きな町であった。この先の石油基地に付随したいろんな施設があるようだ。
面白いことに建物はたくさん存在するのだが、外を歩いている人はほとんどいないのである。

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Please,show me the way. Where is gas station?
と切り出すまで、よくわからない街中をぐるぐる回って人を探し、1時間ほども費やしてからやっと走っている車を停めて訪ねた。
この町に一ヶ所だけスタンドがあるようだったが、行ってみると??である。
ポンプはあるが、どうやってガソリンを入れたら良いのか?よくわからないのである。

アメリカではクレジットカードによる決済が普通で、野外にポンプとともに精算機があるのだが、見当たらないのである。
もしかしてと思い、ポンプがついている小屋のドアを開けてみると、その中に精算機が備えてあった。
私のAMEXカードを差し込むとエラーである・・・まずい。
ここまで来てガソリンが補給できなければ完全にアウトである。

Deadhorse.jpg


焦って外へ飛び出し、思わず近くにあるそれらしき建物のドアをたたいて、人を探した。
反応がないのでドアを開けてみると、さらに奥の方にまた頑丈なドアがある。かなりの防寒である。
は~、なるほど、これでは聞こえないな。
奥は事務所のようで、人がいた。
I want gasoline!!
と言うと、そっけなく「大丈夫だよ」みたいな顔をして、おもむろに、まるで消防服のような防寒着をまとい、
重厚なドアを2枚押しよけ、私を再び天然冷凍庫に連れ出した。
救われた~。

結局AMEXカードは使用できなかったが、現金で対応してくれた。
おそらくアメリカで一番高いガソリン、それでもリッターあたり100円くらいの計算。
なので日本よりは安い計算になる。
ちなみにフェアバンクスで60円弱。(日本のおよそ半額)

さて、あとは大事な食料を探し求めた。
が、街中をめぐってもまったくそれらしき店は見当たらず、そのうち太陽が沈みそうになってきた。
あ~、シャッターチャンスを逃しては・・・と思い、食料供給は断念、
大雪原に沈む太陽を収めようと車を走らせた。

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       次の給油所であるColdfootまでおよそ400km、フェアバンクスまでなんと800km程もあるのだ
無事にフェアバンクスにたどり着けるか・・・気が遠くなる

見事なサンセットであった。
しかも北緯70度の大雪原に沈む太陽は感慨深かった。

Deadhorse-sunset.jpg


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     こんな季節にこんな世界に来ることはもうないだろう。そう思うと記念写真を撮りたくなった。

帰り道、すっかり暗くなり、横殴りの地吹雪地獄。
真っ白で道がまったく見えず、気が狂ったような強風、車が横転する恐怖がよぎる。
恐ろしくて他のことを考える事が出来ず、車にトラブルが起こらないよう祈るように運転し続けた。
・・・・・・・・
慎重に道端のポールだけを見ながら2時間走り抜ける。
来る時と同じ一帯が強風のようだった。

Deadhorseからしばらく南下してブルックス山脈が近くなってから、地吹雪から脱出した。
まるで地獄から抜け出たよう、満月が煌々と大雪原を照らし、今までとまったく違う世界が広がった。

急に気持ちが大きくなり、何か撮影対象がないかと月夜のドライブは仕事モードに入る。
現金な人間である。
「でも、これだけ明るいとオーロラは絵にならないな・・・」

外はマイナス40℃(マイナスα=観測不能)、この状態で「そよ風」程度でも殺人的な環境であることには変わりない。
と、再び弱気になる。

「今夜はオーロラは現れなくても良いよ。満月過ぎてからまた来てね!」
とお願いをした。

その夜は挨拶程度のオーロラが来る。が、もう戦意喪失。
せめて車中から記録しようか・・・

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気がつくと、運転席でまた朝を迎えてしまった。

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取材9日目 3月12日(日) ついに・・・・
調理用ストーブが昨日までとはまったく別物のようになっていて、使えなくなっていた。
精密なポンプの構造が異常気温のためにサイズが変ってしまったのか?
暖めても、冷やしても変化なし。修理不能、万事休すである。

さて、困った。

食料は温めなくては食べられないものがほとんどで、バランス栄養食が若干残っているに過ぎなかった。

残り一週間、どうするか・・・
今回の主食である「さとうのごはん」を車のヒーターの吹き出し口にガムテープで貼り付け、ヒーターを最強にし、一時間くらい暖めてみた。
仏壇に半日あげたような触感、まあ一日一回なら食べられるかな?
暖めなくても、そのまま食べれるおかずはないようだ。
ただ「桃屋の梅好み」があったので飽きるまで食べ続けようと考えた。

給油所のColdfootは一応レストランでもあるが、利用したことがないし、お金に余裕がなかった。
これからいくらかかるかわからないガソリン代は、確実にキャッシュで残しておかなくてはならなかった。

強烈な寒さに加え、この先一週間の食糧事情でかなり参っていたところ、私が陣取っていた石油パイプラインのメンテナス用の小道に、これを保守管理する男女2人のスタッフが車でやってきた。
私は自分が何をしに来たのかを説明したのだが、彼らにも理解してもらえたようだった。以前、私がブルックスで撮影した写真をプレゼントしたが、まじめに驚いてくれたようだったので気を良くし、握手をして別れた。

少し気持ちが和んだところで、カリブーを狙いに山脈から離れ、広大なツンドラの大地にでた。
この最果ての地にふさわしい光景の中に自分がいると思うと何とも言えない気持ちにさせられる。

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                          ブルックス山脈が遥か向こうに見える

風を遮るものは皆無である。
北米大陸の北の果ては春の兆しはまったく感じられない。
本当に春なんかこの地に来るのだろうか。

とにかく強烈に寒くて、撮影はほとんど拷問に近いものであった。

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                   カリブーたちはひたすら食料を求め、至る所を掘り返している

山の中の撮影はひと休みして、広大な光景の中でオーロラをとらえてみよう。
うまく絵に出来るだろうか。

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取材8日目 3月11日(土) ピンチ到来
今まで極寒の環境で頑張っていた調理用ストーブ(ガソリン式)が突如不調。

ガソリンを入れたタンクにポンプで空気を入れ、ガソリンを押し出して継続燃焼させるものだが、圧縮した空気が逆流させない弁が機能しなくなった。平たく言えば、空気が入らないのである。暖めても、冷やしてもダメである。結局弁のゴムに手術を施して(わずかな切り込みを入れて)、なんとか空気を送り込み、辛うじて着火するようになった。

この日は再びブルックスの山に入った。
晴れているうちにこの壮大な峰々のショットも抑えておきたいからだ。
ただし、日に日に月が明るくなってきた。白一色の世界では撮影が難しい。

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それにしても猛烈な寒さは衰えようともしない。そして風が止まないのだ。
用を足すのも一大決心である。
また車の調子と言えば、慣れはしたが相変わらずアイドリング音が不気味である。

最後まで無事に乗り切れるだろうか。先はまだとても長く感じる。

道端にカラスが群がっていたので、何が食われているのかな?と思い様子を見てみると、カリブーの雌だった。道路にも痕跡があり、トレーラーに衝突したようである。
まだ新しいもので、これからたくさんの動物の胃袋に収まるのだろう。

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この夜も風が治まらない。
車のドアを開けるとドアがちぎれそうになるほどである。
もう体感温度は想像もつかない。
多少のオーロラが来ても外へお出迎えに出る気になれず、思わず車内から魚眼で写す。

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                               画面左側にオーロラが見える

せっかく苦労をしてこんな地球のてっぺんまで来たのだから、出来るだけのことはしよう。
そう自分に言い聞かせて強力冷凍庫の中に飛び出した。

しかし電池式のカメラはすぐ臨終してしまい、手動のNikonF3はフィルムを巻き上げる動作が続けられない。

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気がつくと運転席でまた素晴らしい朝を迎えてしまった。
寒さとの戦いといった感じだ。

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取材7日目 3月10日(金)ついに、久々の大物現る!
燃料補給のためColdfootへ向かう。
3日ぶりに見るブルックスの南側の景色はとても斬新に見えた。
森林限界付近のタイガの森林の光景である。
月がFullに近づいていて景色が明るく写り過ぎる。
オーロラが景色に負けてインパクトがなくなってしまうので、今夜は白一色の山に戻らずに、
なるべく森林など白くない景色を探すことにした。

このブルックスの南側の森林限界あたりには、悠久の日々にわたって侵食された素晴らしい「岩の彫刻」がいくつもある。私はこの道を何度も往来しているので、そのアートを何度も目の当たりにするが、いつ見てもうっとりするような光景である。実はその地球が生んだ芸術とオーロラのフュージョンの世界を虎視眈々と狙っていた。

「今夜かな?」
と、何となくそう思ったが、躊躇しなかった。

燃料をフルにしてからは、その絵にするべきオブジェをどうとらえるか、撮影ポイントを入念にチェックする。
オーロラの出方(方角や動き方)によって、的確に移動するためである。
決まって、おいしい獲物というのは、目の前を一瞬で通り過ぎていくものだ。

空の調子は完璧、いつしかダイヤモンドダストが舞うことがなく、完全にクリアな空になっていた。
そのため放射冷却現象によって強烈に冷え込んでいる。
車の寒暖計はすでにマイナス40℃から動かない。測定不能となっている。
タイヤの空気圧が減り、異常を示す警告ランプが点灯、エンジンのアイドリングが不安定で、何とも言えない不気味な音を発している。ガソリンが揮発出来ないくらいの状態になっているのだろうか。

思わず、このままエンストして暖が取れなくなった時のことを想像していた。
日中なら30分も待てばトレーラーが救ってくれるだろうが、夜間はほとんど無人状態だ。

恐ろしくなって、せめて冷気を遮断するために車のフロントを段ボールで覆ってみた。

辺りが暗くなるころまでに腹ごしらえを済まし、伊藤園の粉茶をすすっているとき、
フロントガラスの向こうにオーロラっぽい、雲らしき筋が見えた。
気になったので車内からデジカメを手に取り、手持ちで写して見る。
デジカメはこのようにオーロラか雲かが判断、フィルムカメラ側の適正露出を計れるが、何といってもその場で瞬時に行えるのが快適である。

雲かと思われた、まだ残照の中の筋はオーロラであった

「こんなに早くから、・・・今夜は大変なことになりそうだ・・・」

急いで「全力防寒体勢」を整え、気合いを入れ車外に飛び出す。
つい数分前に数百キロ先の空にいたオーロラがすぐ目前に迫っていた。
「来たぞ、来たぞ!」

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狙っていた方角にオーロラがはまるのは時間の問題と判断、先回りをして一台のカメラはそちらにレンズを向けスタンバイする。もう一台は移動するオーロラを追いかける。

今回の取材の最大の目的は、今年から開催する札幌、東京、大阪の富士フォトサロンの個展のためである。多くの中途半端な作品よりも、一枚で良いから「すごい光景」を絵にしたかった。
なので、今回の取材は、明らかに今までの撮影スタンスとは異なっていた。どこの撮影ポイントにいても、常に景色の中のオーロラを想定しながらチャンスを待っていた。

同じ場所で同じ方向(景色)を見ても、月の位置やその明るさ(月齢)でまったく違う世界になってしまうのだ。今までの経験で、ベストのタイミングで狙った場所にオーロラが舞うことはほとんどない。

天頂を見上げると、その気まぐれな舞いは不穏な動きをしている。
気になったが天頂を撮るには魚眼レンズをつけるしかない。
それは今回の取材では手が空いた時に使うべきと考えていた。

と、天頂から肝心の方向へ一筋の光が降りてきた。

「来たな!」

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ここからがショータイムの始まりだったのだ。
「こんな時に!」
寒さで、もう手は動かない。風が強いので私の手袋はまったく機能していない。気力で2台の三脚の間を走り回る。

おそらく体感温度はマイナス50℃を下回っていたのではないか?

この環境ではカメラEOS-1vのバッテリーは10分と持たなくなっている。
5個のバッテリーを車で暖めながら順番に使っていく。
デジタルのEOS-5Dはフル充電でも5分程度。
こんな時何とかなるのはNikonF3であるが、手動なので私の手が持たない。
さらにフィルム交換は外では不可能、手を暖めないと細かい作業が出来ない。

こんなピンチの時に天頂では「その時」が来てしまった!

とても言葉では表現できない、何ものにもたとえようのない早さ、展開、そして複雑な発色。
おそらく100人がこの光景を見たら100人が絶叫するだろう。
まさに「驚異的な光景」が天頂に広がった。
もう、「わ~!!」と叫びながら見ているしかない。
私はその足元の特定の構図に執着し、寒さで凍結してしまっていた。

その瞬間から数分後、やっとの思いでEOS-5Dに魚眼をつけ天に向けた。

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この写真が「その時」の残骸である。

まあ、肝心のショットが撮れていればよしとしよう。

その出来事は「脳裏」というフィルムに感動と共に記録した。

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取材6日目 3月9日(木) ダイヤモンドダスト降る星空の下で
日付が変り、深夜1時ころショータイムがやって来た。
さあ、頑張るぞ!という気合いで車から飛び出す。

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が、この夜のショーはあっさりしていた。
一時間もたつと何ごともなかったかのように音沙汰なくなってしまった。

ここ連日オーロラは現れてはくれるが、あまりアクティブではなさそうだ。
「そろそろにぎやかなのが来ないかな~」

車で待つが、・・・気がつくと運転席で朝を迎えてしまった。

またしても素晴らしい天気である。


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取材5日目 3月8日(水) 極寒の世界に、意外にも多くの生命が
そろそろ疲れてきたのか、お昼までしっかり寝るようになる。
というか、実際には起きることが出来なくなってきた。

今日も空気中にダイヤモンドがキラキラしているが、雲があるわけではなく、よく晴れている。
空気中にある水分はすべて凍結しているのだろう。

起きてまもなく、日中の撮影のために、車でブルックスの北斜面を広範囲に流す。

ふと、真っ白い雪の世界の中に、
その景色と同じ色ではあるが、ふわふわしたものがたくさん,しかもいっせいに動き出した!

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一瞬驚いたが、よく見るとそれは雷鳥の群れだった。
その光景は、まるであの「まっ黒くろ助」の白色版である。

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         足までびっしり羽毛に包まれている。完全防寒鳥!

カリブーたちはブルックスの北斜面ではいたるところで見られる。
雪を掘ってコケ類などを食べている。
私も雪を掘って見てみたが、こんなに寒いのもかかわらず、雪の下では植物は凍っておらず、柔らかいままである。

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気温はマイナス35度程度であったが、風があるので猛烈に寒い。

正直言って、この取材は寒さとの戦いのような気がする。
風がなければまだ頑張れるが、風が強いと体感温度は著しく下がり、もはや戦意を喪失してしまう。
涙があふれ、それがまつ毛につき、それが瞬時に凍って見えなくなるのである。
さらにフードをかぶって口元を覆ってしまうと、吐いた息でメガネを曇らせ、それが瞬時に凍結するためにたちが悪い。結局は顔を全部露出していないと仕事にならないのである。
さらに手袋は撮影のために薄手のもので、ほとんど役に立たないものであった。

いっこうに風が治まらないので、夜のオーロラの撮影は風のないところを探した。
が結局、大山脈の谷間はどこもたいして変らない。
覚悟を決めて峠付近でオーロラを待った。


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取材4日目 3月7日(火) いよいよブルックス山脈へ突入
今日はいよいよ本題のブルックスに突入することにした。
再び燃料を満タンにして北へ向かう。Coldfootから1時間30分でブルックス山脈の峠のAtigan Pass(1463m)を迎える。

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撮影ポイントは峠を越えた北斜面(North Slope)の方に広範囲に存在する。
ひと晩に撮影場所を移動し100~200km動くこともしばしばである。

この北斜面でカリブーを撮影したり、マイナス35℃、ダイヤモンドダストが舞う中で食事を作ったりと忙しい。

晴れているのだが、常に空気中にキラキラとダイヤモンドダストが舞っていて、しばらくするとそれが積もるほどで、不思議な天候が続く。
もしかするとサンドック現象(幻日)がみられるかも!?と、太陽が見える場所を探して北斜面を爆走する。

サンドック現象とは、本物の太陽を中心に、左右に別の太陽が見えるような不思議な現象である。厳冬期にいつもみられるわけではなく、太陽光が空気中に氷の結晶に屈折し、一定の条件がそろわないとみられないのだ。

ちょうど日が落ちる直前だった。とにかく寒いのだが、2年前にイエローナイフで1枚の写真を見てから追いかけていた。自分の写真集に何としても添えたかったのだ。しかし、その時は本物を体験する機会に恵まれなかった。

夕日が当たる場所で車を停める。今まで空想でしか思い描いていなかったものが今目の前にあった。ただし、太陽の右にしか見えない。左側には山があったからだ。それでも十分なインパクトがあった。

はやる気持ちを抑えて、完全防寒体勢に整え、三脚をかついで、ひざまでズボズボと埋まりながらも石油パイプラインをくぐり抜け撮影場所を探す。

夢中で撮影するも、痛いような寒さで手が動かなくなっていた。ファインダーから目を離し、ふとその光景をあらためて見直した。なんとそこには太陽の左右両方に完璧な形でサンドックができ上がっているではないか!
目の前の光景は他の誰でもない、誰かが自分のために与えてくれたような、実に神々しい出来事で、しばらく放心状態になった。

この時の写真はこれから予定されている私の写真展で完璧な状態で披露したいので、このblogでは公開できないが、太陽が沈んだあとのサンピラー現象(太陽柱)が下の写真である。

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手の指が数本温めてもあまり動かず、痛くなってきた。まずい、凍傷になってしまったかな。

その夜は峠付近で、晴れてはいるがダイヤモンドダストが降り注ぐなかでオーロラを待つ。

夜半、北東の空からぼんやりとその姿を現した。

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峠付近から北斜面を見下ろす

だんだん自分の天頂付近までやって来て、月明かりがまぶしい中、天空のカンバスに気まぐれにその姿を変貌させている。

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魚眼レンズを上に向けるとダイヤモンドダストが積もるほどであったが、まめに雪を払いのけての慌ただしい撮影になった。

この場所はなんて神聖な場所だろう。

今日はこの地に存在すること自体が心地よかった。


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取材3日目 3月6日(月)石油パイプラインに下に陣取る
深夜、日付が変った頃、
フォギーな星空だったが、一応曇っていないことがうれしかった。
取材に乗り込んで、過去にいきなり晴れていたことはあったろうか。
とにかく自分は「晴れない男」である。

カメラ機材を大方スタンバイし、ほっとしたところで、今日は食事をしていないことに気付く。
同時に無性に腹が減ってきた。
外気温はマイナス20℃ほどである。体も冷えきったところでインスタントラーメンを作る。サッポロ一番40周年記念、特別製めんである。みそ味に「myとうがらし」を入れた情熱インスタントラーメンである。
見知らぬ土地で、真っ暗、しかも非常に寒い中でガソリン式のストーブで食事を作る作業は慣れていて、実は楽しいひとときである。

これでオーロラを迎え撃つ体勢は整えた。

相変わらずぼんやりとフォギーながらも、東の空からグリーンの光がこちらに向かって伸びてきた。
昨年9月から半年ぶりだった。

今回の取材で、私は一度もオーロラの下に立てないような気がしていた。

・ ・・半年の間に地獄を見た。深く感傷的になった心は、すべてに自信を持てなくなってしまっていた。過去40夜、自分に前を向かせてくれた天の光にも、もう逢える気がしなかった。

輪郭がないぼんやりとした緑色の光は、ちょうど私の天頂で広がり、それはあたかも私をやさしく包み込んでくれたようだった。

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やがて夜明け近い5時頃になってから俄然星空はクリアになり、
再びオーロラがにょきにょきと東の空からやって来た。
今度は力強くダイナミックだった。

やがて朝焼けの光りに負けまいと、その光は舞いをやめようとしなかった。
空がすっかり明るくなって機材を畳み、車に放り込む。
すっかり疲れてしまったが、実にさわやかな朝だった。
幸先がいいな。

車に入り、防寒のきかない顔を融かす。いつしかマイナス30度まで冷え込んでいた。
さてどこかでひと休みしよう。

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朝に寝て、お昼頃におきるのが取材時の行動パターンである。
日程の先は長い。ブルックスの山ごもりをする前に、もう一日、木がある景色の中にいよう。

ブルックス山脈にさしかかるまでは木があるが、山脈を越えてしまうと木をみることが出来なくなる。
そう、ちょうどこの辺りが森林限界ということになる。

木があって、山があって、星がいっぱいあって、そんな素朴な景色にオーロラがさりげなく舞うイメージがお気に入りなのだ。

その夜はフォギーな空気が星空を消してしまった。

ダイヤモンドダストが夜通し降っていた。


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アラスカ取材2日目 3月5日(日)4回目のブルックス山脈を目指して出発
昨年の2月に続き、真冬の北極圏は2度目である。
だからといって「もう慣れている」なんて私が豪語出来るような類の世界とは一線を画している。

冬のブルックス山脈は圧倒的で絶対服従の地である。
極北の女神が微笑んでくれたなら・・・など甘い考えで乗り込んでも、過酷な現実に疲れ切ってしまうだろう。
2週間の間、そこに無事存在し、毎夜いつ訪れるか知れないチャンスに、自分は確実に仕事が出来るだろうか。

今回はなんと2週間連続で単身北極圏のブルックス山脈にこもることにした。
しかも3月、日本では桜が咲き出すが、北極圏は真冬と変らない。
そんな過酷な世界でレンタカーに命を預けることになるのだ。
そこでなにかトラブルがあった時に対処できるのか?
冷静に考えてみると、やはりこのような取材は無茶である。
せめてトラブルが起こらないように最善を尽くすことに専念しよう。

私は何が何でというプロの写真家ではない、所詮趣味の写真家なのである。

フェアバンクスからブルックス山脈へ旅立つ前に、ぎりぎりまでネットカフェで日本の様子や現地の天気などをチェックする。
これから2週間も文明から遮断されるのは、それ自体、不安なことも多いものだ。
大きな出来事があったとしても、私は何も知らずに原始の世界で宇宙を眺めているのである。

ちょっともたついて13時にフェアバンクスを出発。
時計が一周したころ、夜中までにブルックス手前のColdfoot(フェアバンクスから北極海へ向かっておよそ400km)に到着すればいいやと気楽にスタートした。

Coldfootは道中唯一の給油ポイントであり、ここから北方200kmにわたって点在する撮影ポイントは、すべて把握している。
そこは目的のブルックス山脈である。

アラスカで北極海へ通じる唯一の道、ダルトンハイウェイ。
ハイウェイと言っても日本のそれとはまったく趣が異なる。
北極海に海底油田があるのだが、一年の多くを氷に閉ざされる北極海にタンカーは入れない。それでアメリカという国はなんとアラスカを縦断する石油パイプラインを作ってしまった。現在使われている、地球上でもっとも長い建造物である。(過去は万里の長城だった)
ダルトンハイウェイはそのアメリカにとって重要なパイプラインと並走しているために、本来道なんて存在するはずではないような過酷な土地において、通年にわたって走行可能なのである。

Dalton_Highway2.jpg


フェアバンクスから北方は人間の営みがなく、何のサービスもない。
道はほとんどが氷のガタガタ状態で非常に辛い道のりである。
このハイウェイはスペアタイヤ2本を用意すべきと言われているが、私のレンタカーには一本しか用意がなく、道中のパンクだけは避けたいので、運転中はかなり気を使い続けなくてはならない。

北緯66度33分の北極圏のラインを越え、Coldfootに到着したのはすっかり暗くなった頃。
燃料を満タンにし、さらに今夜の撮影場所を物色しながら先へ進んだ。


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半年ぶり、アラスカ・フェアバンクスへ
昨日3月4日、アラスカのおよそ真ん中にあるフェアバンクスに到着しました。
成田からアラスカ上空を飛びながらシアトルへ、そこで乗り継ぎのために半日時間を費やしした後、
アラスカエアーの小さな機材でアラスカのアンカレジを経由してフェアバンクスにたどり着きました。
なんと遠回りを強いられるのか・・・
成田からフェアバンクスへのJALのチャーター便があるのですが、滞在期間が短く限定されるので、気軽なオーロラ観光客が対象。2週間の滞在にはこの遠回りしか方法がないのです。

乗り換えの度に行われるセキュリティーチェックから100本の高感度フィルムを守りながら
なのですが、シアトルの入国の際に思いがけず大事な食料を奪われてしまいました。
2週間連続で北極圏での単独生活のために、食料も「緻密」な計算のもとに用意しました。
最重要レパートリーのスープカリーのルーが牛肉を使用しているのではないかと、すべて没収、さらにパスタ用のレトルトも奪われました。
牛肉問題はわかりますが、自分に甘く他人に厳しいアメリカ人の気質がこんなところにまで貫かれているなんて、あらためて憤りを覚えました。
(アラスカはそう言った意味ではアメリカっぽくないのでいいのですが・・・)
2週間、何を食べようか、米はあるけれど・・・
フェアバンクスのスーパーで保存が利いて、日本人である私の口に合うまともな食材は手に入りません。

さて、一晩フェアバンクスで準備を整え、今日から真冬の北極圏のブルックス山脈へ向かいます。夕べは天気は良く、オーロラは沈黙でした。
まあ、これからです。

無事であれば18日ころにここフェアバンクスへ戻ってきます。
たくさんの収穫を持って帰ってきたいです。

オーロラは最近ややおとなしいようですが・・・


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金メダルにあやかって
トリノオリンピックで感動的な結果を残し、世界中を魅了したと言っても良い荒川静香選手。
天性の才能と並外れた努力と苦労、
そして本番に至までの機転の利いた判断があっての正々堂々の金メダルですね。

もちろん他の選手に至っても同様の過程があるのでしょうが、私は荒川選手に見たものは、
苦労が実を結び世の中を感動させ勇気を与えた「究極の成果」です。

と言うことで、自分の取材活動がたとえオーロラが現れずに辛いものになっても、
辛抱強く貫いていかなくてはならないものだと自分に言い聞かせました。

皆さんもこの金メダルにあやかってみてはいかがでしょう?

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