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帰途についたのだが、空港が大混乱  Whitehorse → 日本へ 9月17日~18日
カナダ・ユーコン準州、州都Whitehorse空港に到着した時には、
この取材中で最大級の見事なオーロラの舞いが見られた。

正直言ってかなり悔しい。しかもどういうわけか「毎度」このパターンである。
もう帰るよ・・と言う時になって初めておいしい獲物が顔をだすのだ。

普段の行いが影響しているのだろうか。


Whitehorse空港のセキュリティーゲートをくぐった時はすでに他の乗客ぼ乗り終えていたようで、締め切り時間を過ぎていた。
ギリギリに滑り込んだ感じであるが、乗ってしまえば安心である。
「これで帰れる」


朝焼けに色づいたロッキーの峰々はうっとりするほど美しい。
しかし、ここでカメラをとり出して撮影する元気はなくなっていた。

しばらくの間、ちゃんと寝ていないような気がした。バンクーバーまで、2時間でも休もう。

・・・

バンクーバー空港に到着。しかい乗務員は飛行機から乗客を降ろそうとしない。
空港が「ラッシュ」と説明しているが、私には状況がよくわからない。
1時間以上も機内で待たされた。


ここバンクーバーから成田へ国際線につながなくてはならないが、まだ3時間ほどあったので気には留めなかった。

空港に入る。
いまこの空港は大掛かりな改装中でただでさえ混乱気味ではあるが、どうも様子が変である。

国内線から国際線に乗り継ぐ場合は普通ゲート内を移動するだけですむのだが、
その「行きたい道」に進むことが出来ない!
そこはゲートが閉じられていて、係員が立っていた。

訪ねると、「セキュリティーがダウンしている・・・」
「・・・?」

いやな予感である。
とにかく行きたい方向に行けない以上、一度連絡エリアから出て、再度セキュリティーを通過しなくては日本に帰れない。

工事中の空港内を大回りして、セキュリティーゲートに向かうが、ますますいやな予感である。
ゲートは固く閉ざされ、そのゲートの前から長蛇の列を形成しているのだ!
しかも自分の乗るフライトの遅れを示す「Delayed」が表示されないのである!!
さらに状況を説明する場内のアナウンスが一切ないのである!!!

セキュリティーはなにをやっているのか?
いったい長蛇の列の最後尾はどこにあるのか?
これほどの大衆が皆セキュリティーチェックを受けるのか?
いったいいつになったらセキュリティーが動き出すのか?
本当に飛行機に乗れるのだろうか?
仕事はもうこれ以上休めないし、途方にくれてしまう。

他の日本人乗客を片っ端から捕まえて情報を収集する。
どうもセキュリティーで不審物が見つかり、それでストップしているようである。
また日本人のツアー添乗員を捕まえて訪ねるが、彼らにもフライトに関しての情報が伝えられていない状況。

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セキュリティーゲートは見えるところにはない。不審物ひとつで先進国の大空港がいとも簡単に混乱を起こすのだ。


まあ、乗客が全員乗るまで飛行機は飛ばないだろうと言い聞かし、長蛇の列で耐えることにする。


2時間も並んだろうか、ついに長蛇が動き出した。
しかし相変わらずフライトの情報は知らされず、航空会社の対応に憤りすら覚える。 
定刻に飛ばすとは到底思えないが・・・

結局セキュリティーチェックを受けたのはほぼフライト定刻時間。
しかもこの時になって私の便の「最終案内」を繰り返しアナウンスしているではないか!

大きな空港ではセキュリティーから搭乗ゲートまでかなりの距離を歩く場合がある。
カメラ機材満載のバックやパソコンバックも持っているので、この時点ではもう急ごうと思っても体がついてこない。

結局へとへとになって機材に乗り込むが、案の定、遅れる乗客が多くてしばらく待たされる・・・

踏んだり蹴ったりといった感じである。

ビールでも飲んで爆睡しようか・・・・

・・・・

そうだ、成田から札幌へつなぐ便は乗れるだろうか・・・・



いつもながら効率の悪い取材を繰り返してしまった。

札幌に帰って来てしばらくして、帰ってきたままのスーツケースを開けて探し物をした。
「あれ?」
調理に使う大事なストーブ(MSR製 2万5千円もする)を入れていたケースだけがあった。
「中身が無い!?」

ガソリンを使う調理用ストーブで、もちろんガソリンはきれいに抜き取ってスーツケースに入れたはず。空港のセキュリティーがガソリンの臭いがしたために没収したのだろうか。


結局、9・11テロが端を発し、飛行機に乗ることがこんなにも不便になってしまっている。
私が生きている間は改善されることはないだろう。

中垣哲也ウェブサイト
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さあ、ラスト。チャンスはあと一晩。  9月16日(土) アラスカTok → カナダ国境 → Lake Kluane → Whitehorse Airport 14日目
目が覚めるとまた運転席にいた。変な体勢で寝てしまったので体が痛くて、疲れが取れない。
というか、余計に疲れる感じである。

帰りのフライトまであと24時間を切ってしまった。
なにかトラブルがあると間に合わなくなってしまうので、先を急ぐことにする。

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この旅で毎朝のように美しい朝焼けを見ることができたが、最終日も恵まれた。
もう一日がんばろうと言う気持ちになる。

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しかしカナダに入ってからは天気が悪くなってきた。

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冬の足音が聞こえている。観光シーズンはそろそろ終わりである。

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日中、水の近くではまだ蚊の大群が攻めてくる。パスタをゆでて、車の中に逃げ込み食事をする。

2週間にわたる苦労(トラブル)に満ちた自炊生活ももう終わりである。

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                  針葉樹と広葉樹のミックス


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            ビーバーダムを発見!ビーバーを探してみようか・・・

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        ビーバーダムの脇に進もうとしたが、そこに続く道は獣道のよう。
        写真では確認できないが、熊の足跡がいっぱいついていた。

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               優雅に泳ぐビーバー発見!

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泳ぎながら小枝をくわえて運んで来る。つがいで同じ仕事を何度も繰り返しているのだ。
人間より勤勉である。しかも良い仕事をしている。

見えないところであの強力な前歯で枝を切っているのだろう。そのシーンも見てみたかった。


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しばしビーバー撮影に没頭してしまい、気がつけばすっかり薄暗くなってきた。
先を急ごうと進み出した瞬間、母子のヘラジカに会う。


日も落ちてすっかり暗くなってきた。最終日の撮影場所まではまだ遠い。

またしてもピンチである!

早朝までに空港に戻らなくてはならないが、どこかで燃料を補給しなくては完全にアウトである。

ビーバーですっかり時間を費やし、21時ころになっていた。
この時間で開いている可能性があるスタンドはLake Kluane のほとりにあるDestraction Bayという小さな部落のスタンドの一ヶ所だけである。

もし開いていなかったら帰りの飛行機には乗れないだろう・・・

祈るような気持ちでスタンドに向かう。


明かりがついている!!「助かった~!」

それにしても、どうしてこうも最後までピンチが襲ってくるのか。


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       ふたたびLake Kluaneに戻ってきた。あのグリズリーと遭遇した場所である。
       雲が多かったが、星も見えてきた。


「最終日は決まっていつも一波乱あるんだよなあ」

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       固定撮影でもこんなに天の川が写る!すばらしい星空だが、今日で見納めとなる。

定位置の「北東の空」が明るくなってきた。
相変わらず風が強く、三脚を手で押さえながら撮影。カメラが空を飛んだ場所であった。

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最後の力を振り絞ってがんばろう。

Whitehorse空港まで200km、フライトは早朝7時少し前である。
この場所にいられる時間を逆算する。私の場合、荷物をまとめるにもかなり時間を要する。
2時になったら撤収し空港に向かうことにしよう。

雲も多かったが、オーロラはやがてそれなりの展開を見せた。
しかし、力弱くやがて星空に吸い込まれていった。

・・・

運転席で目が覚めた!

しまった!一瞬で我に返る。なんと2時である。撤収の時間であった。が、空の雰囲気が変である。
空全体に分解ばらばらになったようなオーロラが分散している。

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車から飛び出し撮影を開始する。
明らかに「何か」あった余韻みたいなものを感じた。

「う~ん、うとうとしている間に何かあったかもしれない・・・」

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          空全体に間延びしたオーロラが漂っていた。


このような場合は明けるまでチャンスが来ることが多いが、もう空港に向かわなくてはならない。
後ろ髪を引かれる思いで機材を車に放り込んだ。

またしてもオーロラが激しく舞う中で、私は穏やかではない心境で空港まで爆走(ここだけの話)である。

道中、エルクという大きなシカの群れが飛び出すことも多く(深夜の爆走には)危険な道である。


「案の定」オーロラは激しさを増してきた。運転していても視野にしっかりと主張している。
それにしても昨年と全く同じ展開となってしまった。

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こらえ切れずに車を停め、撮影をする。


東の空が明るくなるころ無事Whitehorse空港の駐車場にに到着。
皮肉にも車から降りた瞬間、今回の旅で最大の見せ場が頭上で起こった。
ぼう然と天を仰ぐ。

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車から荷物を地面に下ろし荷物をまとめようとしたが、心中穏やかではない。
とうとう耐えきれず、時間の余裕はまったくない中、再び撮影を開始する。

チェックインもセキュリティーゲートを潜るのも、ぎりぎりになってしまったことは言うまでもない。

悔しい思いをしたがこれでやっと日本に帰れる。


今回の取材の収穫の出来は「中の下」。大物は無し。
ただし、グリズリーとの遭遇やその他いろんなトラブルがあったが、まあ無事に帰れることに感謝。

そして何よりも私が撮った写真を期待してくれる人たちに少ないながらお土産ができたのだ。


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さあ、帰ろう!  9月15日(金) ブルックス山脈 → フェアバンクス → Tok 13日目
いよいよ残り二日を切った。
あとはひたすらカナダ・ユーコン準州のWhitehorseに向かうのだ。

いつものことだが、帰るときはスピードを上げて、一気に空港を目指すことが多い。
道のりが長いし、もたもたしているとピンチになることもある。

ブルックス山脈を後にダルトンハイウェイを南下、脇目も振らず車を飛ばす。
よほどのシャッターチャンスがなければ車を降りないようにしている。
ダルトンハイウェイはダートでカーブが多く、時速100km程度のスピードでパンクしないように路面を常に気にしながら長時間走り続けるのだ。

寄り道をしないで飛ばしたおかげで、夕方にはフェアバンクスに到着。
多少の用事を消化してすぐにカナダへ向かった。

まだまだ道のりは長い・・・今日は写真を撮らなかったなあ。

フェアバンクスからアラスカハイウェイを3~4時間も走っただろうか。

眠くて走れなくなり、レストアリアを見つけて車を停めた瞬間に意識を失ってしまった。

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ふたたびブルックス山脈へ  9月14日(木) Deadhorse→ブルックス山脈 12日目
北極海寸前のDeadhorseでのオーロラ撮影は一夜限りである。

すでに日程的に余裕はなかった。
帰りの便が発つカナダ・ユーコンのWhitehorseまではトラブル無しで走って丸3日はかかる。
あとはひたすら走り続けよう。

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私が朝焼けを眺めていたらなにやら楽しげな鳥の鳴き声が聞こえてきた。
雷鳥の群れがすぐ近くにいたのだ。

雷鳥たちも朝焼けのなか気持ちよさそう。
それにしても雷鳥は見事に保護色(模様)になるものだ。3月の極寒季に会ったときには全身が真っ白だった。
当然だが毛の量もずいぶん違うようである。いまはスリムだが、冬は真ん丸である。

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よく見ると山の見え方が奇妙である。天に引っ張られたよう。

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広大なツンドラの大地。やがて長い冬を迎える。

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やがてブルックス山脈が見えてくる。ブルックス山脈はタイガの森とツンドラの大地を隔てている。


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Deadhorseから3時間程走る。ブルックス山脈が近づいてきた。

今夜はブルックスを眺めながらオーロラを待つことにしよう。


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ツンドラの大地の果てへ  9月13日(水) ブルックス山脈→ Deadhorse 11日目
例によって、お昼に目がさめるとやはり曇ったままだった。

気分を変えよう。
一気に北極海の方へ向かおうか。

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ブルックス山脈を乗り越えるとあとは北極海までツンドラの大地が延々と続く。

ブルックス山脈とはしばしお別れだ。

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北極海へ向かう道。もう背の高い樹木は見られない。

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北極狐。食料のジリスを探しているのだろうか。


3月に来たときのようなブリザードがないので、快適なテンポで進んだ。
気温も意外と高かった。10℃ははるかに超えている。
3月の時のような不安は一切ない。

やがて・・・

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ついにツンドラの果てに人工物が見えてくる。Deadhorseの町である。
町というよりここは、この先の北極海に面してあるPrudhoe Bayという油田基地の予備的な町である。
ここまで来てこのような大規模で近代的な光景を見ると非常に違和感を感じる。

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この日は一日中曇っていたが、地平線の彼方だけ雲が切れていた。
希望の光のようにオレンジ色の空が見えている。

雲の切れ目がはっきりしている。空のような、また海のようにも見える。
よく見ると雲の天井に強力な夕日が反射しているようだ。

夕日はまだ雲の上にあるようである。
夕日が北極海に反射して、それがまた雲の天井に反射して照らされているようだ。

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やがて雲の切れ目に太陽が下りてきた。

太陽がすっかり見えなくなってから、信じられないような光景になった。
その光景はこのブログでは紹介出来ないが、スライドショーに組み込みたい。

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Deadhorseという「違和感」のある場所で撮影ポイントを探す。
北緯70度、ここまで来て・・・晴れることを願う。

スープカレーを食べて、チャンスを待つことにする。

晴れ間が広がって来たようだ。

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食事が終わったころから穏やかながら「当たり前のように」オーロラ出現。
この場所では「普通」にオーロラが出ているのだろう。
言い換えると、この場所は通常の通り道であるような気がする。

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月明かりの中、オーロラも活発になってきた。

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石油基地は夜も眠らないようだ。

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鏡のような水面に映る。

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すっかり明けてきた。このタイミングでも「当たり前」のようにオーロラが出ているのは場所のせいだろうか?
暁の空に月、そしてオリオンやおうし座(ヒアデス星団)、それにオーロラが参加してるのだ。

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朝焼けはいつも違った美しさを見せてくれる。

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朝焼けでうっとりしていたが、地平線の方を見るとなんか変である。
蜃気楼の一種であろう。おそらく温度差の著しい空気の層があって、
光の屈折率が異なりこのように見えるのではないか???



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峠を超えて  9月12日(火) ブルックス山脈 10日目
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食事の準備をしながら山の斜面にドールシープを発見。いつも断崖絶壁にいるので、案外見つけやすい。でもこの程度の崖ならオオカミもやって来れそうである。

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ブルックス山脈には長い長い冬の足音が聞こえていた。

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北極地リス。ツンドラ地帯ではもっとも「飛び出してくる」動物。彼らはキツネやおおかみに食われないか気にしているのだろう。いつでもキョロキョロとあたりを見渡している。

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まるでオーロラのような夕日。

結局この夜は曇りだった。しかし雲の隙間からのぞくオーロラの激しい舞いが見られる。

悔しいが仕方がない。

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ブルックス山脈へたどり着く 9月11日(月)ユーコン川付近 → ブルックス山脈 9日目
お昼頃目が覚めた。天気はどんよりだが穏やかとも言える。夜に晴れればいいのである。

アラスカを南北に分ける大河ユーコン川を渡って少しのところにキャンプ場があった。
キャンピングカーで旅をする人たちが少し見られるが、この時期がそろそろ最後だろう。
昨年は9月の中旬から下旬まで同じ行程で旅をしたが、冬が始まっており、すでに訪れる旅人は誰もいなかった。

この場所から、今夜の目標到達地点までは300km、そこはブルックス山脈のピーク付近である。
パンクの恐れがあるガタガタ道を300km走るのは正直楽ではない。

明るいうちにどんどん先へ進むとしよう。

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            スタートして間もなく、思わず車を止めてしまった。 

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2004年、夏から秋にかけて未曾有の山火事がアラスカ~カナダで起きた。
そのときはまったくのグレースケール(モノトーン)で生命のすべてが消失したかのような気がした。

そして2年の歳月が過ぎ、自然のパワーが爆発するかのように色とりどりな生命があふれていた。2年前のことを考えると無性にうれしくなる。

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Finger Mountainという、荒涼とした岩場。冬に訪れるといつも風が強く撮影もままならない。

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こんな場所に!ひっそり咲いていた。
せめて私がたくさんの人に見てもらえるようにしてあげよう。

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北緯66度33分、北極圏を超えてしばらく走ると、遥か遠くに、ブルックス山脈の裾が見えてきた。
だが、道のりはまだ長い。

ユーコン川から200kmほど進んでやっとColdfootに到着。暗くはないがすでに夕方である。

ここは貴重なガスステーションがある。例によってあふれるまで給油する。
そしてもう一つ、ここには貴重な情報源のVisitor Informationがある。
ところがハイウェイにあるサインにカバーがかけられている。
Visitor Informationに行ってみると、「See you next summer !」
今期はすでに終了していた。

もう冬支度が始まっていた。


気を取り直して先へ進む。ブルックス山脈の裾あたりに着いたときにはあたりは暗くなってきた。

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残照が残る中、定位置にオーロラ登場!もっと先へ進みたかったが、思わず車を止めて撮影開始。
お月様もまぶしいくらいだが、それに負けないような舞いが見られるだろう。

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残照と月明かり、そして天の川とオーロラがクロス。なんと贅沢なことか。

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                   北斗七星がこんなに高い。

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この夜はそれほど活発ではなかったが、結局明けるまでオーロラが見られた。

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       朝6時くらいだったろうか、この時間になるとオリオンが沈んでしまうのだ。

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一晩中写真を撮っていた。体も冷えきってしまった。
見晴らしのいいところで少し休もう。

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アラスカへ突入 9月10日(日)Kluane Lake → Fairbanks → ユーコン川付近 8日目
滞在日程の半分を経過した。
今回の旅の日程は半分カナダユーコン、そして残りの半分はアラスカ北極圏と決めていた。

結局4日間過ごしたKluane Lakeを未明に出発してから、快調に飛ばす。
しばしカナダともお別れである。

国境を越えると頭の中でキロからマイルへ、リッターからガロンへと切り替えが必要。
もちろん通貨も切り替わるので、あらかじめU.S.ドルの準備が必要である。

国境を越えてしばらく山の中を走るとU.S.A.(アラスカはU.S.A.)のImmigrationがある。
田舎で車の通行量も少ないせいか、入国審査ものんびりとやっている。
毎回ここに来て思うが、「もう早くしてよ」と言う気分にさせられる。
まあ、その割には威圧的な態度は本土でも、このど田舎でも変わらない。

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     運転しながら車のサンルーフから手を出して撮影。車から降りるとすぐに蚊の大群に囲まれてしまうのだ。

カナダ~アラスカ国境付近はほとんど町らしい町は存在しない。
半年以上に及ぶ厳しい冬のことを考えると、ここに定住する理由は皆無のような気がする。

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     気に入った場所では仕方なく車を止めて外で撮影。テキパキと一瞬で終える。

国境を越えてから少し走るとアラスカ山脈が見えてくる。
フェアバンクスまでの道のりはずっとアラスカ山脈と並走するような感じである。

昨日、カナダのWhitehorseで車のエンジンオイルの交換を促す警告が出ていたが、
ついに「直ちに交換!」のサインに変わってしまった。・・・大丈夫だと思うが気になる。

やっと町らしい町にたどり着いた。Tokという町のスタンドですぐさまオイル交換してもらう。

交換完了。これでばっちりと思いきや、警告は消えなかった。誤動作か、
「・・・まあ、いいか!」


結局24時間以上睡眠を取らず、熊とご対面している時以外はひたすら走っているような気がする。
Fairbanksに到着したのは夕方近かった。
低血糖で意識がややもうろうとしてる気がした。

まずはFairbanksダウンタウンの知り合いのB&Bに向かう。
カズミさんという日本人女性がアメリカ人の旦那さんと経営する、とても清潔感あふれるすてきなB&Bである。
http://www.mosquitonet.com/~townsite/

私が今年3月に来たときに、捨てようと思っていたガソリンタンクを引き取ってくれた。
そして何よりも私にとって貴重な情報をバイリンガルな彼女から日本語で聞けるのでとても助かるのである。
カズミさんのコーディネートによるお部屋のいい雰囲気で私も一泊くらいのんびりしてみたい!と思うのだが、
私にとっては、夜は都会にいてはならない、山の中でオーロラを待つのが「義務」なのである。

再びガソリンタンクを借りて、一週間分の食料のチェックと供給、燃料をフルに入れ、
あとは久しぶりにマイパソコンをネットにつなぐ。
アラスカ大学近くのカフェで日本とつながる場所があり、いつもここから日本にいる友人に
「これから北極圏へ行きます。もしかするとこれが最後になるかもしれません」とメールをするのだ。

さて、アラスカの北極圏に向かうのはこれで5回目だ。

今回は寒くないのでとても気が楽で、不安はまったくない。
パンクくらいならすぐ交換できるが、スペアは一本しかないので、出来るだけパンクしないように気をつけて運転をする。ダルトンハイウェイは穴だらけであり、スピードをだして何度もタイヤを穴に落としていたらすぐにパンクするだろう。
とても神経を使う過酷な長距離ドライブである。

一回の取材でもブルックス山脈あたりでは何度も何度も行ったり来たりしているので、私の地元の北海道の道よりも詳しいかもしれない。

Fairbanksから北上、だんだん暗くなってきた。そういえばまたしても食事をしていない。
真っ暗闇で煮炊きをすることを想像すると・・・さまざまな恐怖感がよみがえってきた。

「今日は明るいうちに飯にしよう。」

これから一週間北極圏突入である。気合いを入れるにはこれしかない。
スパイスたっぷりのスープカレーである。

スパイスはこだわりである。
私が札幌で行きつけのSavoyというスープカリー店のママが、いつも私が旅をする時にプレゼントしてくれる、元気の源のような魔法のスパイスである。
「元気の酵素」ともいうべきか。

まだそれほど暗くなく、気温が下がっていなければ蚊の大群がやってくるのだ。
物事、なかなかうまく行かないものである。

タマネギやじゃがいもをどっさり入れ煮込むが、すぐに沸騰して例によって火加減調節ができないので吹き出してしまう。
こん畜生とばかり、鍋のフタを片手で無理やり押さえつけ、吹いて来ないようにがんばってみた。
圧力鍋状態ですぐに煮えるだろう。

と、ちょっとした力の油断がまたしても惨事を生み出した。
しばらく鍋の中にため込んだ圧力がちょっとしたすき間から吹き出し、またしても右手の人さし指を直撃した。
軍手をはめていたがその高圧の熱気にはなんの効力もなかった。
大事な右手は泣きっ面に蜂状態である。

それでもなんとか作り上げ、蚊の大群から逃れるように車の中へ逃げ込み、食事にありつけた。
苦労した割には激痛によって1日に1回の幸せなひとときも半減してしまった。

このカレーは毎日少しずつ具を換え、味を変え飽きないようにして2~3日つなぐのがパターンである。


腹も満タンになり、血糖値も回復、再び元気が出る。右手は見事に水膨れ、冷やさないと痛くてたまらない。

すっかり暗くなるが先を急ぐ。

Fairbanksから200kmも進んだろうか。まだ北極圏ではないが、あたりは2年前の山火事ですっかり見晴らしがよくなっている。
まだ残照は残るが、月明かりの中、きれいな星がいっぱい出てきた。

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        北斗七星の下にこんなに隙間がある。北極星はもう頭の上のような感じがする。
淡いオーロラが写っているが、肉眼では?だった。

何となく、淡い雲のような流れはオーロラかな??と、まずデジタルで撮影してみる。

即座に雲でないことがわかり、「今夜は久しぶりに元気に出てくれるかな?」と期待してしまう。

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     月とオーロラが重なる。石油パイプラインが見える。


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     北東の空にいたオーロラはやがて私の頭の上に迫ってきた。複数のオーロラが踊りだした。


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         大河のようなオーロラ。う~ん、すごい光の大河だ。

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       雲が増えるがオーロラも負けない。がんばれ!


星があって、お月様がいて、いろんなオーロラが踊って、たくさんの雲が流れて、そして自分も楽しめました。


夜半すっかり曇ってしまったので、もう少し進むことにしよう。
今夜はせめて大河ユーコン川を渡ろうか。

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「森の王者」現る! 9月9日(土)Kluane Lake → Whitehorse → Kluane Lake 7日目
ついにこの同じ場所で3夜過ごしたが、結局目的の写真を撮ることが出来なかった。
まあ、いつもこんなものである。

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この場所に車を停めて3連泊したわけだが、見晴らしの良い、開放的な場所である。

お昼近く、目が覚めて寝袋からでる。

「うわ~!」
突然、私の視界に黒っぽい、かなり大きな物体が車のすぐ横を通り過ぎていった!!
慌ててメガネをかけ凝視すると、紛れもなく「クマ」である。

これはシャッターチャンスとばかり、レンズを望遠に変えたところで、クマはすぐ湖の脇の林へ入ってしまった。

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この林のどこかに潜んでいる。・・・林の脇には小道がついているので、車に乗って様子を伺うとしよう。
この林は湖に沿って1キロほどある。しかし幅は50メートル程であり、それほど深い森ではない。
追跡してみよう。

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すぐに黒っぽい物体を発見、恐る恐る車から出て、撮影を試みる。
もちろん、車のドアを開放して、すぐに逃げ込める態勢である。

非常に大きく感じる。ただ者ではない異様な雰囲気である。

クマへの恐怖と、また願ってもないシャッターチャンスをものにしようと言う気持ちが混ざり合って、極度に緊張する。

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しきりに木の実(ラズベリー?)を食べまくっている。顔を上げてくれない。

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木が邪魔をしてなかなか良いショットをものに出来ず。

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なかなか撮れない。・・・私の方がじれったくなり、恐る恐る近づいてみる。

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背中のこぶは紛れもなくグリズリーである。北米で最強と言われる、時にクロクマ(ブラックベア)をも食ってしまうと言う・・・おそらく体重は200kgは裕にあるだろう。

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時折、じっとこちらの様子を見ている。大方私を無視しているが、一定距離より近づくとこちらを睨みつける機会が多いようだ。

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顔を上げる。私を睨んでいる。極度の恐怖でピントを合わせる余裕がない。
彼との距離はおよそ7メートル、くるままでの距離も同じくらいか。

自分はじっとしていたら良いのか、一気に走って逃げたら良いのか・・・一瞬考えたが、
恐怖に耐えきれず、一目散に車に走り込んだ。

彼は何もなかったようにムシャムシャとラズベリーを頬張っている。

助かった。

2~3時間も彼を追いかけたが、すっかり姿が見えなくなってしまった。

腹も減ってしまったが、さすがにこの辺で煮炊きをする気持ちにはなれない。
すっかりあきらめ気分、それに今日は先へ進まなくてはならないのだ。

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どこへ行ってしまったのか。う~ん、残念。

そろそろ行くか!と思い立った時、ふと50メートル山側に走るハイウェイで1台の車が止まっている。
しかもサンルーフから一人身を乗り出してカメラをかまえているではないか。

あっ、これは間違いない!!

そこからハイウェイまで車でいくには1キロほど遠回りをしなくてはならない。
私は躊躇せず、望遠レンズ付きのカメラのみをつかみ、車から飛び降り、土手の上のハイウェイまでダッシュした。

やはり彼は、いつの間にかのこのことハイウェイを横切って遥か向こうに行ってしまっていた。

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この汚くてもったりしたお尻の感じからして、これはまさしく私がしばらく追い回していた彼である。
それにしてもこんなに大きかったのか。

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何やら土を掘り返していて、えさを隠しているのか、それともかくしてあったものを探しているのか。

いずれにせよ、こういう場面にはあまりしつこくしない方がいいのだろうとわかっていたが、私にしてみればそうもいかない。

簡単には遭遇出来ない「大物」である。

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ジリジリ近づいてくる私をさけるように、やがて彼は私と反対の方向へ逃げるように移動を始めた。

しかし私も出来るだけ静かに追いかける。

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彼はしきりに執拗に追い回す私に対して明らかに「不快」な仕草というか、顔つきになってきた。
それは大変恐ろしく、今まで無関心を装っていた彼とは違ってきた。

「ちょっとまずいかな」

気がつくとサンルーフから撮影している車まで50メートル、私はハイウェイから降りて(ハイウェイは3メートルくらいの高さだったと思う)、彼と同じ高さの場所にいた。

その時彼は明らかに私に向かって不快感を示した。

と、その時すでに逃げる体制になかった。というより、逃げる場所が全くない。
そして私を血走った目で睨みつける彼の前で、私は自分でももう動くことが出来ない、金縛り状態である。

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何と、彼は思いもよらず私に向かってきたのである。

彼は私からおよそ7メートル前で来て立ち上がり、うなり声をあげた!!


そして急にその姿をひるがえし、森の奥へ弾丸のようなスピードで走り去った。
その機敏で予想もしない動きを目の当たりにして、私は腰が抜けてしまった。


おそらく私が動けなかったことが幸いしたのだろう。
私はしっかり彼の目の前で逃げようともせず撮影を続け立ちはだかったのだ。



このブログではすべての写真は公開できないが、この場面はいつか「スライドショー」でご覧いただきたい。

私の命がかかったシーンである。


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3日滞在したKluane Lakeを後にする。オーロラの撮影はさっぱりであったが、いろいろとあったような気がする。
それにしてもグリズリーとの劇的な遭遇の余韻がジーンと残っていて、やや放心状態であった。

食料などの供給と日本との通信のためWhitehorseに向かった。

Whitehorseの手前100kmほどでガソリンの残量が妙に少なくなっている気がした。
車種によってメーターの進み方に癖があるが、この車は途中から加速するように減り方が早いような気がした。

さて、Whitehorseまでかなり微妙である。急に心配になって低燃費運転モードに切り替える。
アクセルやブレーキを無駄に踏まない、極力惰性を生かした省エネ運転である。

「ちょっとまずいかな。対向車でガソリンタンクを積んだ車があれば売ってもらおうか、いくらで買えるかな。」

低燃費運転の甲斐があってWhitehorseの町が見えてきた。
「ああ、よかった!」
燃料タンクの針はすでにどん底で止まっていた。いつガス欠になってもおかしくない状態であった。

パソコンのネット通信を当てにしていたレストランへ行ってみる。私のパソコンでは通信できないことがわかった。
日本や世界で何が起きているのかまったくわからない。誰かが急な用事でメールをくれていても私には知る由もなかった。
「まあ、ここまで来てそれもいいのかな」

この場に及んで、車のエンジンオイルを早めに交換するようにという警告サインが出ている。
今までいくつかのレンタカートラブルに巻き込まれている私にとって、「ああ、またか」と言った気分である。
空港の金髪の受付嬢に「どうしたらいいだろう?」と聞いてみた。
月曜日には工場が開くのでそれまで車を乗るな、に近いようなことを言う。
今日は土曜日である。

そうくるかな?と思っていたので、冗談ではない、私は今すぐフェアバンクスに行かなくてはならないのだ。そこで大事な用事がある。と突っぱねる。

金髪嬢は「まあ、それなら先へ進んで、早い段階で途中の町で交換するように」と折れたので、作戦成功である。

気がつくと今日はまだ何も食べていないことに気がついた。
目が覚めてからグリズリー騒動、また熊がうろうろしている場所で飯の煮炊きをする気分になれなかった。

スーパーで食料を調達する。久しぶりにステーキでも食べたい気分だった。

スターバックスで久しぶりにおいしいコーヒーを飲んだ頃にはすっかり夜になってしまった。

さあアラスカへ向かって進もう。


アラスカハイウェイをアラスカフェアバンクスに向かって走るが、結局グリズリー事件があったKluane Lakeあたりで深夜を迎える。

皮肉にも、熊のいる森の近くで先ほどスーパーで手に入れたステーキを焼いて食べることになった。
私は別にそれを望んでいた訳ではなく、たまたま成り行きでそうなっただけである。

私の心の中で熊の恐怖も絶頂に達しているので、森の方が気になるが、車のクラクションなどを鳴らし熊よけにした。
しかし風向きによっては熊のいる漆黒の闇へステーキのいい匂いがばらまかれる可能性がある。
思い出したように熊の大嫌いな唐辛子をどっさりフライパンに放り込む。
それは私にとっては大好物であった。

真空パックされたラムステーキを開封する。この国の食肉は匂いがきついなあと思うが、好物のズッキーニとともに豪快に焼く。

日付が変わる頃、暗闇の中でやっと本日最初の飯にありつけた。
しかも久しぶりのステーキである。

ところが、喜びの絶頂は一瞬にして悪夢に変わった。
口の中に今までに経験したことがない、言葉ではうまく表現できない「すごい状況」が広がった。

ごちそうの肉は見事に腐敗していた。
それをレアに近い状態で頬張り、恐ろしい味をかみしめてしまった。

次の瞬間、脳裏を横切った。
「これを吐き出してしまったら匂いで熊が寄り付くのではないか!」

熊への恐怖はその恐ろしいものを飲み込んでしまうという最悪の結果へ追いやった。


撮影のために陣取ったのは、結局前日まで3日間いた場所である。すっかり曇ってしまった。

しばし空の様子を伺うが、いっこうに晴れそうにない。
そして日中、熊と出会った場所で暗闇の中外で仕事をするのは気が引けた。

ここからアラスカのフェアバンクスまで800kmくらいもあるだろうか。
そして私の目指すブルックス山脈まではさらに500kmほどもある。

いろいろあってここで眠る気分でもないし、このまま休まずに先へ進もうか。

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曇天、秋を楽しもう 「 Kluane Lake 」3日目  9月8日(金) 6日目
お昼過ぎに目覚めたが、すっかり曇っている。

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それにしても、何度見上げてもうっとりするような秋の景色である。

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望遠レンズで湖の向こう岸を撮影。行ってみたいが道がない。

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夜通し大方曇っていたが、明け方になって一気に晴れてきた。

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この時間になるとすっかり冬と同じ星空である。

これから半年にも及ぶ長く厳しい冬を感じさせる光景だ。


一眠りしたら、この場所を去ることにしよう。


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ああ、大失策・・・「 Kluane Lake 」2日目  9月7日(木) 5日目
お昼頃目覚めると、今朝までの強風はおさまり爽快な天気だった。

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Kluane Lakeは氷河が融けた水を溜めている。このような湖は太陽の光の入り具合でコバルトブルーに光る。

息を飲むような美しさとはこのようなものを言うのだろう。

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湖畔まですぐ近くまで迫っているのは、世界遺産に登録されているKluane National Park and Reserveの壮大な山脈である。
実は下界から見える山々はほんの序の口であり、この裏側には広大な面積の5000m級の山岳や大氷河があるのだ。

そこは人類の進入を容易に受け入れるような世界ではないのだろう。


そういえば、昨日は暴風で1食しか口にしていなかった。
すっかり空腹になったので、今日は豪華大盛りパスタを作るとしよう。

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私が持っている調理器具は火力の調節がほとんど効かないので、パスタを茹でる際にいつも苦労をする。

油断していた。

パスタを茹でる鍋が一気に吹き上げてきた。
煮こぼれするとバーナーを目詰まりさせてしまうので、とっさに鍋のとってをつかんで地面に下ろしたのだ。
しかし、右側のとってが焼けていたことを知ったのは、鍋を地面に置いた瞬間である。
人生で最大級のやけどのようだ。
大事な右手の親指と人さし指の指紋が半分アイロンをかけたような状態である。

この激痛はいつまで続くのだろうか・・・・

そして撮影出来る状態に戻るだろうか・・・・


日が落ちても好天は続き、満月を過ぎたばかりの月が煌々とあたりを照らす。
が、しかし風がまた暴れ出した。

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広い湖の湖面は風を遮るものが無く、車までも大きく揺れている。
月明りで明るい夜空の中、オーロラが登場。撮影を試みる。

Tradewind.jpg


風が暴れまくっているので、三脚を両手でしっかりと押さえつけて撮影する。

撮影中、レンズ交換をしようと車に向かった瞬間、ガツン!と大きな音がした。
なんと主力のカメラ(30万円以上した!)を載せた重たいジッツオの三脚(カーボンではない)が空を飛んで、
カメラが岩に叩きつけられた!

神に祈るような思いでカメラを見ると、・・・・・・見事にキズだらけになってしまった。

撮影は出来るのか!? 
テストしてみると、どうも画像がゆがんでいるようにも見えてきた・・・

今回はまだ収穫も少ないのに・・・オーロラも去ってしまい、さらに気持ちが暗くなる。
お月さまだけが私を照らしてくれた。

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カメラが空を飛んだせいか、それとも・・・・・?

不思議なお月さまが写った。

やけどはこんなにも痛いものなのか・・・

踏んだり蹴ったりの一日であった。

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ユーコン準州最大の湖のほとりで「 Kluane Lake 」 9月6日(水) 4日目
夕べはホワイトホース南方へ1時間半の湖で明け方まで過ごしたが、そのままホワイトホースまで戻り、物資供給と通信を行う。

ホワイトホースはすっかり雲ってしまった。
ラジオから流れるユーコン準州の天気予報を聞きながら、今夜の撮影場所を考える。

どこの地域も良くないながらも、一番可能性がありそうなのは私が気に入っているKluane Lakeである。
ユーコン準州でもっとも大きく、最高位にあり、ホワイトホースから200kmちょっとである。


暗くなってから現場に着いたが、私のお気に入りの撮影ポイントはハイウェイの拡張工事のために陣取れない。
そこは森の近くでもあり、この季節、夜通し野外で活動するにはかなりの勇気が必用な場所だった。

次のポイントに到着。そこは視界が開けていて怖い場所ではないが、風がすごいので撮影や食事に苦労する場所。

まあ、仕方ない。

雲も多いが晴れ間も見えるので期待は出来る。

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満月がとてもまぶしい。

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都会に住んでいる人がお月さまをこんなにまぶしく感じることがあるだろうか。

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ふと北斗七星を見上げると、まるでオブラートのように淡いオーロラが一瞬現れた。

もしや・・・・

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期待もむなしく、遠くの空に行ったまま、この夜は戻って来なかった。


夜明け近く、風が強く、もはや外に出て撮影は困難。
車のサンルーフからカメラだけを出して、なんとか撮影。

もう、休もう。

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ゴールドラッシュ名残の地で  9月5日(火)Carcross   3日目
前日から一晩中、Carcrossの湖のほとりで撮影していた。
夜空から朝焼けに移り行く過程をしみじみ味わった。

今日は天気がいいので、とりあえず眠らずに活動するとしよう。


Carcrossという小さな町には、2002年3月、私が初めてオーロラを求めて極北の地に訪れた際に、たまたま撮影地を探して迷い込んだ町であった。

その時は深夜でとにかく寒かった。町も湖もすべてが凍りついていた感じだった。昔々にタイムスリップしたような光景を見て印象に残った。

今回は寒くは無いが、相変わらず人気を感じられず、ゴーストタウンに近い雰囲気である。

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  奥の建物は、およそ100年前から存在するらしい古いgeneral store。昨年は入れたが、今年はCloseになっていた。


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     ギフトショップも入ることが出来ず。


さて、せっかくホワイトホースから南方に来ているので、この際太平洋の方まで行ってみようか。

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河口付近では、クマが遡上したサーモンを狙っているはずだ。
なんとかそれを撮影できるのではないかと、楽観的希望的観測である。というわけでアメリカ領土のSkagwayに向かうことにした。

このあたりにある町と言うのは、およそ100年前のゴールドラッシュで白人が一獲千金を狙って一気に押し寄せて、あっという間につくられた町ばかりである。
こんなに厳しい自然環境の地に、わざわざ白人が入り込んで営んでいるのには、特別な理由があると言うわけだ。

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過去の遺物。金を採掘してここから積み出していたのだろうか。
私には貴重な歴史的遺産のようにも感じられるが、自然に風化されるのを待っているかのようだった。

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極北の秋は黄葉になる。岩盤が多い山々は森林は必ずしも豊かではない。


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長い年月を経て氷河が山を削り作り上げた湖は長い形になっている。
このTagish Lakeも複雑な形ではあるが地図で見ると裕に100km以上の長さがあるようである。

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太平洋から谷間を縫って雨雲が上がってくるのだろう。シャワーの向こうに輝かしい太陽があった。


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南下するほどに景色が一変、奇妙な景色になってきた。


しばらく太平洋に向かって南下し、カナダを出てアメリカに入った。ところが濃い霧で視界ゼロ。
これ以上進むのは無理と判断、Uターンをし、アメリカに入国する前に引き返してカナダへ入国。


気を取り直して、今夜の撮影場所を探すことにしよう。


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小高い場所から湖を見下ろせる場所に陣取ることにした。


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            月明りが湖面に反射してとても幻想的だった。


夜半まで沈黙していたオーロラは、北東の地平線に見え始め、明け方近くなってじわじわとこちらに近づいてきた。

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北東の空からオーロラがやって来る。北斗七星はやがてオーロラの輝きに吸い込まれた。


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ついには双子座~オリオンまでも飲み込もうとしている。
星空とオーロラの饗宴である。これだけ星が見えていても実は月明りに照らされていた。


太陽で何かが起きたのか。

夜が明けようとしてもオーロラはますます輝きを増していった。


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ユーコンの秋を・・・9月4日(月) Kusawa Lake → ホワイトホース → Carcross  2日目
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お昼に目覚め、夕べの到着時には真っ暗だったKusawa Lakeを探索しながらユーコンの秋を堪能する。

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物資供給のためにホワイトホースに戻るが、様子が変である。
月曜日なのにスーパーなどはしまっており、街中は閑散としていた。妙な気がしてVisitor Informationで何故か?
と訪ねるとHolydayとのこと。なるほど、仕方がない。
私はノートパソコンを持ってきているが、ネットにつなげられるショップも休みだと言う。こちらのショップで利用できるパソコンは、当然日本語システムが入っていないので、myパソコン以外は使い物にならないのだ。


ホワイトホースから南方へ1時間半、ゴールドラッシュの産物ともいえるCarcrossという、とても古びていて小さな町がある。元はCaribou Crossing(となかいが通る道)と呼ばれていた。
このあたりはコンパクトに山や湖に囲まれているために撮影には好都合である。

極北の地では、9月になると日に日に日が短くなる感じだが、この夜は10時を過ぎてやっと暗くなった。

湖のほとりに陣取って曇り空の下でオーロラを待つ。

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          晴れ間から星空が見えてきた。

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夜半過ぎて、雲のすき間からオーロラ登場。
それほど活発ではないが雲の上まで高く伸びているようだ。

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       北東の地平線にオーロラのアーチが見える。この場所の普通の夜空である。

やがてオーロラは遠くの空に行ってしまったが、明け方まできれいな星空を楽しめた。

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さあ、今日はこれから太平洋まで行って見ようか。

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1日遅れで脱出成功!9月3日(日)成田→バンクーバー→ホワイトホース 1日目
何とか、まる1日遅れただけで現地に到着する見込みとなった。

快適になったぴかぴかの成田空港第2ターミナルを探索するようなことはせず、
銀座の写真展前から溜まるに溜まったメールの返事を打ちまくる。

19時バンクーバーに向けてテイクオフ。
決しておいしいとは言えない(エコノミークラスなので仕方がない)機内食とワインをいただき、気流の乱れている中をガタガタと、なかなか抜け出せないでいる。忙しかった日々からの解放でほっとした安心感+これからの旅の波乱を予感させるような、妙なほろ酔い気分である。
昨日は機材故障で欠航になった訳だが、飛行機が墜落する確率を考えると、ジェットコースターに乗っているような気楽な気分である。

およそ9時間を経て、カナダの玄関口・バンクーバーに到着。
ここで入国審査を受けて晴れてカナダへ入れるわけだが、いつも決まって「何の目的で来た?」「滞在場所はどこか?」などと聞かれる。始めのうちは正直に「オーロラの撮影のために、車で移動しながら旅をする」ようなことをたどたどと話していたが、たいてい怪しまれてもっと突っ込まれてしまい、そのうちに会話が困難になってしまうので、面倒になった。
最近はあっさりと「観光で、・・・に滞在する」と言ってしまうことにしている。
お互いのため、審査待ちの長蛇の列の人たちのためである。

バンクーバーからは、今飛んできた空を2時間半戻ってホワイトホースに向かうのだが、出発まで時間があるので、空港の外に出た。
快晴で快適、成田とは明らかに空気が違っていた。
日光浴を楽しみながらランチをしている巨漢のおばさんの向かいのベンチで、私は相も変わらずパソコンのバッテリーを気にしながらメールの返事を打つ。

国内線に乗り込むためには、再び物々しいセキュリティーをくぐる必用があり、機内に持ち込む荷物を徹底的に調べる。ご時世からして当然だが、北米では特に厳しく行っている。
これだけ徹底すれば、どんなに周到に企ててもテロを遂行するのは難しいだろう。
私は高感度のフィルムをたっぷり持ち込むので、道中、飛行機を乗り継ぐたびに訪れるこの面倒な関門をくぐるのに一苦労をする。
ここだけの話だが、シアトル(米国)ではパッセンジャーに対して威圧的(犯罪者的扱いとも言える)に調べるが、けっこういい加減である。それに比べてカナダでは威圧的な態度はとらないが、きちんと調べる印象を受ける。これは国民性をよく表わしているように思えてならない。米国民にありがちな「自分に甘く他人に厳しい」気質ゆえ、これ以上世界に敵を作らないことが地球平和への第一歩だろう。

さて、バンクーバーからホワイトホースへ飛ぶ際はロッキー山脈の上空を飛ぶので、私は窓側の席を指定する。世界でも屈指の山岳地帯であり、その名を知らない者もわずかだろう。
・ ・・と、しみじみとそう考えながら、果てしない山並みを眺めているとまた「格別」である。
2時間半、たっぷりと気分を高めることが出来る。

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「こんな山の中に町があるのか!?」
といった雰囲気の中、ホワイトホース空港にランディング、飛行機のタラップを降りる。
空が、空気が今までとは明らかに別世界、極北の秋を感じる。

このホワイトホース空港に到着すると、乗客も、出迎えのツアー関係者も日本人をよく目にする。数人の日本人と交流し、オーロラや自然を求めてきた同志と出会ったことで、この広大な土地に離れ離れに散っていってもどこか連帯意識が存在する。

櫛田篤司さんが空港に来てくれた。
彼はかの有名な極北の大動脈・ユーコン川を下るためのカヌーをレンタルしている、この土地に詳しい人物である。私は今回、レンタカーの手配のことで彼に相談に乗ってもらっていた。過去に私はこの空港のレンタカーを利用した際に、日本では考えられないようなトラブルに遭った。そのため、今回は万全を期していた。
常に新しい撮影場所を探し求めている私にとって、櫛田さんから得られる情報はありがたいものだ。

http://www.klondikecanoe.yk.ca/J_index.htm

早速今夜はホワイトホースから1時間半のKusawa Lakeに行くことにした。

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  道中、シカの群れが出迎えてくれる

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アラスカハイウェイから砂利道を30分進むと静かなキャンプ場があった。
曇り空であきらめ気分。インスタントラーメンを鍋に放り込んだ瞬間、頭上にオーロラが現れた。
必至に食べながら、撮影の準備もする。すっかり雲が邪魔をしているので、本気モードには入っていない。

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結局、初日は雲の上からのご挨拶であった。

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日本脱出、失敗!
9月2日(土)、いよいよカナダ・アラスカへオーロラを求める旅が始まった・・・・

東京でたくさんの人たちがオーロラに興味を持っていて、実際に同時期にアラスカやカナダへ出かけると言う話をしたばかりで、広大な極北の地のどこかで、ばったり再会することもあるかもしれないと思うと、わくわくするものである。
厳冬期にアラスカの北極圏へ一人で乗り込むような緊迫感は今回はまったく感じられない。

東京での写真展の余韻に浸る余裕もなく、札幌に戻ってから一日で極北2週間の旅の準備を徹夜で行った。
一般の人であればたいしたことに感じられないだろうが、撮影機材のチェック、
それに2週間の間、快適に「車中で生活」するために、いろいろと考え悩むのである。
しかも重量制限ぎりぎりに計算しながら、また優先順位を考えながら荷物をまとめ上げるのは時間がかかるものである。

出発当日、札幌から新千歳空港へ向かう高速道路ではいつもと違ってに余裕があった。
いつもはぎりぎりまで準備が間に合わず、時間がなくなって、車に乗ってからは爆走(ここだけの話)するのが定番になっているのだ。

私は冬にも極北に向けて旅立つことも多いのだが、しばしば失敗をする。
それは高速に乗ろうとインターチェンジまでいったところで「吹雪のため通行止め」を見てがく然とするのである。
もちろん私の頭の中には高速に乗って間に合う計算しかしていないのである。
札幌が晴れていても道中で吹雪くことも北海道では珍しくない。

千歳空港につき、大きな荷物をカートに積み上げ、手荷物を検査機に入れようとした時、ANAの係員が私の方に走ってきて「お客様、成田便は30分前に締め切りました・・・」

係員がいろいろやり取りしてくれる。私は祈るような気持ちである。
なぜなら時間的には羽田経由でも国際線に間に合うのだが、これらの荷物を自分で持って羽田から成田まで行くのは恐ろしいことである。32kgの荷物をふたつ、それに背中にはカメラ機材が30kg、それにパソコンを手に持っている。
要するに100kgの荷物を持ってこのくそ暑い東京で移動するのは拷問に近いものがある。

少し待たされたがなんとか調整できたようで、めでたく成田直行便に乗せてもらうことになった。
お~、ついてるな、今回は。

今度は到着した成田空港では思いがけないアナウンスが聞こえてきた。
「エア・カナダ、バンクーバー行きは機材故障のため欠航といたします」

簡単に言うけど、最終目的地のホワイトホースにはいつ到着出来るのだろう・・・

目処立たずと言うことで、その夜は成田で一夜を過ごすことになった。
考えてみると、取材でホテルに泊まったのは初めてである。

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8月31日の朝日新聞にはタイムリーな記事が載っていた。
「オーロラのシーズン到来 アラスカ直行便ツアーも」!
実は10人くらいの人が私の方に同様のメールを飛ばしてくれたのである。

http://www.asahi.com/international/update/0831/019.html

さて、9月3日(日)19時、1日遅れでカナダに向けて旅立つことになった。
バンクーバーまで9時間、5時間待ってからホワイトホースへ2時間半。

日本に帰ってくるのは9月18日、道中、出来るだけネット接続出来るところからオーロラ報告をしたい。

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1週間で7,000人以上のお客さんが!
富士フォトサロン東京(銀座)で8月25日から1週間開催していました
「オーロラに包まれて」 ~この美しい地球でもっとも崇高な夜空~
は、おかげさまで盛況でした。

会期中のご来場者数が7,000名を超え、1日あたり1,000人以上のお客様が来られたことになります。
私は休憩なしで、のべ70時間、会場でたくさんのお客様とお話しをすることが出来ました。
ただでさえ話しが苦手な私がずっとしゃべり続けたのですから、お聞き苦しかったことでしょう。


今回の写真展、自分としてはもっとたくさんの写真を展示したかったこともあり、
限られたスペースで最大限オーロラを堪能してもらうことに重点を置きました。


会場の目の前の会議室を借りて、ミニスライドショーも行うことが出来ました。

私が感じたこと:とにかく熱心な方が次から次と来られて驚きました。
実際にオーロラを体験した人、撮影に何度も挑戦されている人、経験は無くてもその世界にすっぽりとはまってしまった人・・・・・
東京はあらゆる文化の中枢で、造詣が深い人の絶対数が多いことは理解していますが、
興味を持ってオーロラ写真展を見に来てくださった方がこんなに多いものかと、感慨無量。

お話しをすることが出来たお客様のほとんどがとても満足そうな顔で帰って行かれたのが、私にとってはこれからの糧になりそうです。
たとえ辛い取材があったとしても大きな励みになることでしょう。

一番印象に残ったのは、5年生の女の子がすっかりオーロラに興味を持ってしまったみたいで、
熱心に数時間会場から離れませんでした。
純粋な澄みきったこころにオーロラの輝きが届いたのでしょうか。

総括しますと、お客さんの層は老若男女、偏ることはありませんでした。

最後に会場でお手伝いしてくださった方々に深く御礼を申し上げます。

さて、一日札幌に帰ってから、今度はカナダ・アラスカへ取材です。
益々精力的にオーロラを収穫しなくてはなりません。


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